おんづ屋

6月の水面下

「ただ私の傍に居てください」

 そう言えたら、変わっていたんですかね。今、あなたの手を引くこともできたでしょうか。ううん、B子ちゃんの気持ちは固かった。キラキラ眩しくて、目を背けてしまうほど。それは彼女を見つめていた私が、一番知っていたことだった。

「D音、本当にありがとう」 ​ 赤いリボンも今日だけは優しく香る花が代役を務めている。ふわりと微笑んだ彼女は美しく、その表情が隣の男のせいだと思うと、初めて私は彼女に腹が立ちました。 「ありがとう、なんて言わないでくださいよ……」 ​ もどかしくて困ったように首を傾げてみせる。しかしB子ちゃんは感謝の言葉を連ねていくばかり。それが嬉しくない訳がない。でもこんな私が、どこまでも澄んだ思いを受け取る資格なんてあるはずない。 ​ 私は世界で一番あなたの幸せを祈っていた。それは今でも変わらない。だけど。 ——私は、あなたの一番になりたかった。

​ 式の前日、あの頃を思い出していた。旧校舎で語り合い、終焉ゲームに巻き込まれた青春のこと。四人で駆け抜けた高校時代は案外嫌いじゃなかったんですよ。根暗な自分もそこでだけは素顔を晒していられた。好きな人と、友達と一緒に過ごす学校は楽しくて、永遠に続いてほしいと願った。私達だけの秘密と約束した日々。 ​ ああ、B子ちゃんは覚えているだろうか。三年の冬に密かに流行った噂、好きな人と自分を結ぶ方法。卒業が近いからと女子の間だけで広まった、告白する勇気を作る儀式的なもの。赤い糸のおまじないを私とあなたの写真に掛けた。 「女は攫うことすらできないんです」 ​ 乾いた台詞が独り、部屋に響く。映画のワンシーンで花嫁と真実の愛なんてものを見つけるのは、いつだって王子様だった。そこに私は立つことすらできない。ただの憧れだと、迷惑になるからと言い訳して伝えなかった卒業式の日から、止まっている。

​ 結局子供騙しのおまじないなんて、効きっこなくて。私は冷たい椅子から立ち上がれないままで。ずっとずっと、あなたを見ていました。 ​ あなたはバージンロードをゆっくりと進む。神父の誓いの言葉、委ねられた薬指には銀色が輝いている。程なくしてベールが上がり、重なるシルエット。全てがフィルム越しのようで、どこまでも幻想的だ。 ​ 最後に、腕を組んで晴天の世界へ歩き出す。祝福の言葉と白いドレスを纏うあなたは仮面なんかじゃなくて、心からの笑顔だった。 ​ だから「ありがとう」と呟いて、にっこり笑ってみせました。私はたくさんの嘘を吐いてきて、これからも一生吐いていくのだと思います。これも一つの、嘘です。それでも。 ​ ——ごめんなさい。おめでとうだけは言えないです。

(大好きだから、嘘でも言えない)

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