おんづ屋

バレンタイン攻防戦とその顛末 A弥&C太編

​ ドキドキ胸が高鳴って仕方ない。ヒリヒリ焦げ付く緊張感と、ザワザワ隠せぬ高校生。それぞれの様々な願いは交錯する。 そして、二月十四日バレンタインが始まった。

​ バレンタイン。それはモテない男子にとってデメリットしかないイベントと言われている。確かにモテる人にばかりチョコレートが手渡され、自分だけスルーされるのは心穏かではいられないだろう。格差社会を見せつけられて空っぽの心と共に、とぼとぼ帰宅する男子生徒は数え切れないほどいるはずだ。 でも僕は違う。別に根暗の癖に何かを貰えるなんて思っていない。貰える当てだってない。それでもメリットは存在するのだ。 そもそも人は色恋沙汰に興味を隠せない生き物だ。ゴシップが毎日のように世間を騒がせるのも、需要が多いから供給されるというだけの話。それは学校という世界でも同じだ。バレンタイン×噂となれば、ここぞとばかりに拡散する。 例えば、そこに誰かの創作が混じっていたとして、それを見抜けるほど冷静な人はいるだろうか。いたとして、流れを止めることはできないんじゃないか。 校舎裏のフェンスに絡まる蔦を指に巻き、「とあらこ」と三回唱えると告白が成功するらしい。ただし、その様子が人に見られたら相手の心は別人へ行く。根拠のない噂話は震源地も知らずに駆け回っていく。「誰にも内緒だよ」。そのたった一言で大勢は踊る、一人の手の平の上。黒幕は根暗な男子生徒。つまり、これが僕の趣味だ。 チョコと思惑が交差するバレンタイン。それは誰かの心を手に入れるため、見知らぬ噂に一喜一憂する姿を観察できるというだけで、僕にとって十分なメリットなのだ。 ……一つだけ、気になることはあるけれど。

​ いつもと変わらない当日。でも少しの退屈ぐらいは潰せるだろうと期待が膨らむ朝。登校途中、忘れ物に気が付いたらしいC太とは別々に高校に到着した。 校内は緊張と願いが混ざり合い、異様な雰囲気を作り出していた。形だけの校則を破って、甘い香りが漂っている気すらする。こそこそと友チョコを贈り合う女子。教室の隅で女子を眺めて、物欲しげな顔をする男子。堂々とカップルが廊下を闊歩する。その全てが出所不明の噂話を口にする。 僕は全てを横目で見ながら、静かに含み笑う。ああ、面白い。人間同士の計算と欲望が見え隠れするイベントが面白くないはずがない。オカルトとは少し離れてしまうが、人が自分の作り話を広める姿は見世物として最高だ。 このイベントは傍観者としてクラスの空気に呑み込まれることなく、見物するのが正しい楽しみ方だ。浮かれに浮かれる人達より、よっぽど良い。本気でそう考えていた。 だからチョコレートを誰かから受け取る可能性は一切考慮していなかった。まさかあの幼馴染じゃないし、チョコを貰う立場になるなんて。 机に頬杖を付きながら、HR十分前の教室を俯瞰する。すると名前は思い出せないクラスメイトの女子が、まだ来ていないC太の席の真横で転ける。彼女は袋を片手に立ち上がり、僕の机まで来た。何の用だろう? 「A弥くん、チョコいる?」 名も記憶していないクラスメイトは笑顔で僕に訊ねた。この人からチョコ貰うようなこと、あったかな。一、二度会話したことがあったような、ないような……。 「えっ、貰っていいの?」 理由もわからず、質問を質問で返す。それに嫌な顔をしない辺り、人間が出来ている。所謂人気者なのだろう。会話慣れしている。 「うん、クラスのみんなに配ってるから」 なるほど。友チョコではなく同級生チョコなのか。友人分に加えてそこまで用意するのは大変だろうに、流石だと思う。あのB子でもそこまでやらないんじゃないかな? 「あ、じゃあ」 ありがとう。その言葉は物がぶつかる音に掻き消された。発生源の方向を振り向けば、C太? 息を荒げて、ドアに手を掛けている。恐らくはドアを叩き付けるほどの勢いで開けたのではないか。過度に目立つことを嫌うC太がクラスの視線を集めているなんて、珍しい。 C太は乱れた髪もそのままに僕の席に速歩きでやって来た。安堵となぜだか怒りと悲しみを混ぜ来ぜにしたような表情をしている。そうして、ぽつりと呟く。 「間に合った……」 「そんなに急いでどうしたの? まだHRには時間あるけど」 今は遅刻ギリギリの時間ではない。だが、冬なのに汗が薄らと浮かぶぐらいに走ってきたようだ。片耳にはイヤホンが入っているし、一体どういう状況なのか。 「ああ、びっくりした。C太くんが急いでるところ初めて見たかも」 「あはは、まあそういう時もあるよ。あ、それって、もしかしてチョコ?」 質問をはぐらかし、C太は女子が持つ袋に目を向けた。彼女は微笑んで説明を繰り返す。 「そうだよ。クラスの人に配ろうと思って。ちょうどA弥くんにも渡そうとしてたんだ」 「じゃあオレの分とまとめて貰っていい?」 「うん、いいよ。はい」 「ありがとう」 あっと言う間に二つのチョコはC太の手に渡る。彼女は一仕事終えると、別の同級生の元へ去っていった。結局、チョコをくれたクラスメイトの名前も知れず仕舞いだった。やっぱりお返しとかしないと駄目なのかな、あれ。 こっそり憂鬱な来月のことを考える僕の目の前で、C太はチョコレートを弄びながらイヤホンを外す。そしてはにかみながら、言う。 「時計、見間違えたみたいだ」 僕の疑問に対する答えだった。勘違って、猛ダッシュ。確かに筋道立っていて十分有り得る話だ。にしても、一つだけ違和感がある。 「あんなに派手に音を立てるなんて、C太らしくないね」 彼の場合、例え遅刻スレスレでも音を立てずにドアを開けると思っていた。不用意に目立たないためよりは、普段は感情的にならないようにコントロールしている節があるからだ。他人からの見え方を計算していると言ってもいい。僕の幼馴染はそういうことが出来る奴だ。 「そうかな。オレにだって慌てたりして冷静じゃなくなる時ぐらいあるけど」 首を傾げて困ったように笑うと、C太は突然声音を低くして僕に忠告した。呆れたといわんばかりのな冷たさで。 「それにしてもさ、A弥。安易に人から物を貰わない方がいいよ」 「でも、同級生からの義理チョコだし」 「だけど、どうせA弥はあの人の名前も思い出せないんじゃないの? お返しとかできないんなら、受け取るべきじゃない。女子って想像以上に根に持つから。A弥だって、そのぐらいはわかるだろ?」 にっこりと弧を描く口元。その目は笑っていなくて、ゾクリと背筋に寒気を覚えた。時折見せる顔は、都市伝説より何倍も底知れない。まるで狐に化かされている気分になる。 やがて予鈴のチャイムが鳴り響き、C太は席に戻っていく。そういえば僕の分のチョコレートをC太に預けたままであることは、教師が喋る内に脳内からドロドロと抜け落ちていくのだった。

​ バレンタイン。それはオレにとって、神経を使うイベントだ。特に下手な注目を浴びないように生きている人間なら、そう思うのではないか。周りの好感度を気にしながら、受け答えをしなければならない。計算がどれだけ負担でも、人の嫉妬や逆恨みは怖いから。 オレは自分で言うのもなんだが、顔立ちは整っている方だと認識している。そのせいか女子からのアプローチは多い。自意識過剰と思われるかも知れないが、毎年なんやかんやで本命チョコを貰い、告白されている人間が「モテない」などと言えるはずがない。冗談でも口を滑らせば、男子の反感を買うことは必至だ。 さて、男子も女子も角を立てずに受け流すのは簡単なことではない。男子の冷やかしを躱し、女子の告白をやんわりと、しかしきっぱりと断らないといけないのだ。どちらか一方でも疎かにすれば、ここまで積み上げてきたオレの立場は一気に崩れ落ちる。 だが、十何年間世渡りをしていれば最適解に近いものは解ってくる。ずばり、自分には長年片想いしている相手がいると思わせることだ。好きな人に一途、というイメージは好印象だけでなく虫避けにも繋がる。時々それにも拘わらず、しつこくアタックしてくる奴はいる。それもオレに本命がいることを知っている周りを味方につければ、牽制することができる。 まったく、印象操作も楽じゃない。からかわれても、すぐに怒らず、ある程度までは笑って許さないといけない。だって、オレはそういうキャラだからだ。適度に嘘を吐いて、本音っぽく聞こえることをたまに洩らす。そうすれば、相手は自分を信用する。噂話を広めるときの鉄則は「あなただけ」という枕詞だと幼馴染は熱弁していた。人間関係だってそうだ。相手にとって、自分の存在が特別に感じられれば何だっていいのだ。情報は真実でも偽物でも関係ない。 ——まあ、本命がいることだけは本当だけど。 そんな訳で、今日も日課の観察から一日が始まる。画面の向こうには、安らかな顔で眠る想い人が映し出される。寝ていても揺れるアホ毛が可愛いので、いつまでも見ていたくなる。けれどアラームは残酷に現実に意識を引き戻す。ピピピと鳴り響くそれを、ぼんやりとした手付きで止める。瞼が上がり切らない目元には隈が色濃く残っている。 「昨日も夜更かししてオカルト雑誌読むからだよ」 だんだんと覚醒してきたあいつは制服に着替え始めた。隠されたカメラに気付くはずもなく、躊躇なくパジャマを脱ぐ。あらわになる色白でほっそりとした身体。天井だけではなく本棚やベッド下など、目の代わりとなるカメラの位置にはこだわった。それらで色々な角度からネクタイを締める瞬間まで見つめるのが楽しい。何百回目のその光景をしっかりと眼に焼き付けて、もちろん録画した。 この時間で着替え終わったなら、きっといつも通りの時間に迎えに行けばいいだろう。一息ついて、なんとなくカレンダーを見遣った。 「あー……、今日はバレンタインか」 本当に憂鬱だ。こんな面倒なイベントなくなってしまえばいいと思う。いや一つだけ、一つだけオレには希望がある。 大好きな人から貰うチョコレート。それはどんなお菓子よりも、世界で一番美味しいに決まっている。これさえあれば、どれだけ辛くとも頑張れる。チロルチョコだろうとなんだろうと、想い人からのプレゼントが嬉しくないはずがない。 そして、あいつはお返しにと渡したオレのチョコレートだけを受け取る。これで完璧だ。他人からチョコを受け取ったところで、対応に困るだけだろう。人に相談するぐらいなら、最初から断ればいいのに。だけど、あいつはお人好しだから。 本当にしょうがないなぁ、オレが守ってやらないと。そう、決意を新たにして玄関を飛び出した。 「おはよう、A弥」 「おはよ、C太」 自然と繰り出される上目遣いに、心臓が締め付けられる。眠気が残っているのか、欠伸した後の涙が赤をキラキラと反射する。 やっぱり今日は憂鬱なんかではない。最高の一日になりそうだ。

​ 前言撤回、初っ端から最悪な一日だ。なんでこんな時に限って、やってしまったのか。一瞬、後悔が頭の中を過るが、そんな暇さえないことを知る。今戻らないと駄目だ。力無く、通学路を歩く幼馴染に呼び掛ける。 「あのさ、A弥。オレ、忘れ物したみたい」 「えっ、何忘れたの?」 相手は一見すると普段と変わらない様子に見えるが、オレにとっては心配されていると容易に解る。しかし、本当のことを言う訳にはいかない。これは秘密なのだ。さあ、どう言い訳しようか。 「鍵」 「それは……やばいね。わかった。先生には伝えるから取ってきなよ」 A弥は頷いて、見送りの体勢に入った。うん、それが合理的だけども。当たり前なんだけど。 本当はA弥に待っていて欲しかった。いつもなら先に行かせてもいいのだが、今日はバレンタインである。靴箱からスタートし、一体何があるか判らない罠の宝庫。できれば警戒しておきたかった。しかしそうすると時間が足りない。いや、オレなら本気で走れば遅刻はしないで済むのだが、A弥はそうもいかない。体力もスピードも不安だ。一緒に遅刻しようだなんて、言ったら睨まれるだけだろうしなあ。 しょうがない、秘密兵器を使うか。これならA弥の様子が把握できるし、先に行かせることにした。 「A弥、危なくなったら叫ぶかすぐ連絡してな」 念を押してから、登校ルートを逆走し始めた。ふと振り返るとA弥はスタスタと後ろも気にすることなく歩いていく。ねえ、手ぐらい振ってくれてもいいんだよ!? オレはショックを受けながらイヤホンを身に付けた。A弥の鞄に仕込んだワイヤレス盗聴器の受信機である。電波が広範囲に発信できる特殊なもので、お値段は数年分のお年玉が吹っ飛んだ程度だ。これはそれだけの価値がある。 風を切って走る、走る。冬の冷たい空気は目に沁みて、マフラーをマスク代わりにして喉を守る。数分前に通り過ぎた道に同じ高校の生徒はほとんど見かけない。耳からはノイズしか聞こえないところを見ると、相手はまだ高校に着いていないようだ。 A弥に手を振ってもらえず、切なさからひたすら足を動かした。家に帰ったオレはお目当ての物を回収して、来た道を走り出した。登校したはずの息子が現れたことに親は驚いていたが、そんなこと帰宅後に説明すればいい。 手には丁寧にラッピングされたチョコレート。本日の主役とも言える菓子を自室に忘れていたのだ。これがなかったら、A弥はどれだけ悲しむことだろう。あいつは今年もオレからのチョコを楽しみにしているはずだ。だけどA弥にそのことを伝えたら、きっと遠慮してしまう。あくまでもサプライズとして渡したいんだ。 とある噂では、校舎裏で蔦を千切ってからそれを渡すと告白すると成功すると聞いた。噂という言葉にあいつの顔がちらついたが、まさかこんな曖昧でオカルトっぽくない噂を流すことはないだろう。それに噂が上手く伝播すると、いつも瞳を輝かせて自慢するのだ。今回は言及してないので、関係ないと踏んだ。 あわよくば、なんて思いは否定できない。今はまだこのままでもいい。それでも願掛けぐらいは許してほしかった。好きな人の好きな物に願いを託すことぐらいは。 考え事をしながら走ると、のんびりと歩く人達を横目にして校門をくぐることが出来た。もう少しで教室に着く。校舎に掛かる大きな針時計はまだ余裕があることを示していた。 A弥はとっくに教室にいるのだろう。ノイズに複数の足音と会話が混じる。道中で聞いた限りでは声を上げることもなく、恐らくは危険な目に合っていないはずだ。 オレは安心して、自分の靴箱に置かれた手紙を回収した。これ、後で対処しないと。悩むこともなく適当に上着のポケットに突っ込んだ。 すれ違う同級生に挨拶しながら階段を上る。その時、イヤホン越しに言葉が届いた。 『A……くん、チョコ……』 ——これは誰の声だ? 耳障りな音は女子が発したものか。それと聞き取れた最後の単語は。A弥に声を掛ける、女とチョコ。 助けないと。考える必要もなく、自然と走り出していた。教室へは廊下の突き当たり、約何十メートル。固まる生徒を押し退けて駆けていく。邪魔だ、そこのカップル。割り込まれて唖然とする男女など、どうでもいい。またオレの耳に声が響く。 『え……貰っていいの?』 おい、勝手に何渡そうとしてんだよ。A弥が困ってるじゃないか。A弥もよく知らない人からお菓子なんか貰っちゃいけないと習っただろう? 待ってて、今片付けるから。教室はもう目の前。 力のままに引き戸を開いた。疾走した身体は熱を帯びる。大きく息を吐きながら、A弥の元に辿り着く。視界には驚くA弥。その手にはチョコレートは収まっていない。机を挟んだ向かいにクラスメイトの女子が袋を持ち、立っていた。 「間に合った……」 心からの安堵で溜め息が漏れる。よかった。A弥はまだ受け取っていなかった。そうだよな、A弥はこういうの苦手だもんな。 「そんなに急いでどうしたの? まだHRには時間あるけど」 A弥は迫る自分の危機には気付いていないようだ。あまりに鈍感で心配になってくる。本当にかわいいなぁ。 「ああ、びっくりした。C太くんが急いでるところ初めて見たかも」 女子はカラカラと笑いながら、会話に入り込んでくる。そうだ、チョコレートを回収しなければいけないんだった。手元の袋に話題を逸らせば、女子は中身はクラスに配っていると説明した。 それは都合がいい。まとめて二つのチョコを手に入れると、女子はさっさと他の同級生の元に行った。義理チョコ配り自体はどうでもいいが、そんなことにA弥を巻き込まないでくれ。もしもオレが間に合わなかったら、A弥はただただ困っていただろう。その後の対応がわからずオレに訊ねるかもしれない。 まあ、あの女子ならお返しはなくても大丈夫だとは思うけど。結論付けたところで、A弥からの質問に答えていなかった。イヤホンを外して、理由を探す。A弥がオレ以外のチョコを貰いそうだったから。それを直接言うのは重いと思われそう。却下。 「時計、見間違えたみたいだ」 さらりと無難な嘘を吐く。ふうんと相槌を打つA弥は、やがて呟いた。それにしても。 「あんなに派手に音を立てるなんて、C太らしくないね」 そりゃあ、ヒーローの登場は遅れて派手に、と決まっているからさ。なんて、冗談は冷やかな視線で一蹴されるだろう。本気が伝わらないのは悔しいから、オブラートに包む。 「そうかな。オレにだって慌てたりして冷静じゃなくなる時ぐらいあるけど」 例えば、好きな人が他人からチョコを渡されそうなときとか。そうそう、警戒心ゼロな幼馴染に注意しなくては。それは小学生でも知っている、基本事項だ。 「それにしてもさ、A弥。安易に人から物を貰わない方がいいよ」 「でも、同級生からの義理チョコだし」 納得がいかないと口籠るA弥に言い聞かせる。その危険性も解らないなんて、オレがいないとしょうがないなぁ。 「だけど、どうせA弥はあの人の名前も思い出せないんじゃないの? お返しとかできないんなら、受け取るべきじゃない。女子って想像以上に根に持つから。A弥だって、そのぐらいはわかるだろ?」 優しく教えてあげると、なぜかA弥は怯えた。どうしてかな。オレは間違ったことは言っていないはずだ。実際にA弥はチョコを目の前にして困惑していたし、たった一粒のチョコを盾に女子は面倒な要求をしてくることもある。どれも本当のことだ。 不可解な気持ちを抱えながら沈黙する。数秒後、隙間を埋めるように予鈴は鳴った。同時に教師が入ってきて、空気は掻き乱される。オレはA弥から仕方なく離れる。 いつも通りのHRは怠惰に始まった。形だけの校則を散々繰り返しても、机に押し込んだチョコレートは消えない。そこまで言うならしっかり規制してくれよ。没収ぐらいしてくれたって構わない。いくら校則で縛られようがオレもA弥も幼馴染だから意味はない。本当に愛があるなら、学校外でも渡せるだろ。 だらだらとした調子の連絡事項はいつの間に授業になっていて、全てを話半分に聞き流す。脳内では、この甘いであろう菓子をどう捨てるかだけを考えていた。 (B子とD音にでもあげるかな) ああ、でも今日はバレンタイン。こんな日に全員が旧校舎の音楽室に集まるのか。B子は人気者だし、D音はそんなB子に付き纏い監視するのだろう。それに一応オレも手紙の用件を消化しないといけない。完全なフリーはA弥だけ。置いていくつもりはないが、一人にはしたくない。それでもA弥は行きたがるかな。こんな日、だからこそ。 どうなるとしても行くことにした。もしも二人きりだったら、ぐるぐる廻る噂話に乗せられて旧校舎デートと洒落込もうかな。 一足早く、放課後の未来予想に頬を緩ませる。それを教師に見られ、指差されるまで後何秒。

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