おんづ屋

アヤタに嫉妬してもらいたかっただけだ、と供述しており

※キャラ崩壊注意。特にアヤタ

 灯影院の携帯に見知らぬ女からの着信があった。どうして解ったかといえば、スマートフォンは持ち主が席を外していることを知らなかったからだ。画面を見れば、フルネームや「さん」付けではなく、「ちゃん」呼びで登録されていた。すぐに着信は止まったが、その詳細を調べることは叶わない。 ​ 一瞬、思考が止まる。それを打ち消すように必死で回転させた。確か灯影院には姉妹はいない。同級生のことは本名で登録しているはずだった。目上の人には敬称を付けることも、前にアドレス帳を覗いたときに見た。つまり愛称で登録されている人物はいなかった。 ​ ではこの女は誰だ。わからないなら灯影院に訊ねてみるしかない。漠然とした不安に襲われた。 ​ ……いやいや、おかしいだろ。灯影院の人間関係が僕の何倍も広いことはわかっている。それなのに僕が灯影院の知り合いを全て知ってたら変でしかない。知らないところで彼女や気になっている人がいても普通だ。なのに、どうして気になってしまうのだろう。心臓はうるさく音を立てて、身体をひやりと汗が濡らす。灯影院に秘密の人がいることが、まるで絶望であるかのように。

「アヤタ、どうした?」 ​ 声が降ってきて意識が引き戻された。いつの間に灯影院が帰っていた。ベンチの上の携帯は心細そうな顔だけを映す。なんでこんな顔してるんだ、僕。立ったまま見下ろしてくる相手の顔を見れない。数分間の記憶を忘れてしまおうと携帯から目を逸らす。 「いや、その、灯影院の携帯に着信あったけど」 「ふーん」 ​ 合わせないようにしていた瞳が、こちらを捉えた。逃れようとしたら無言で距離を詰めてくる。何かとお世話になっている背凭れが敵と化した。身動ぎしても腕で範囲を狭められて、降参するしかなかった。 ​ 透き通った瞳の中で動揺している男の姿が見えた。想像以上の近さに熱が脳まで回る。人の体温ってこんなに熱かったか? 「……アヤタ、興味あるんだろ?」 「なにを」 「俺はさ、アヤタ。アヤタが望めばなんでも教えてやるよ」 ​ 吐息が耳に掛かって、身体の主導権が奪われる。震える背筋に意思は介在しない。髪から足先まで、灯影院に逆らえない。脳が正常な判断を放棄し始めたのを、他人事のように思っていた。

「なら、灯影院、教えてくれ……」 「おう」 「スマホのパスワード変えたんだな」 「そうだな……ん?」 「一ヶ月前まではホームズの暗号から取ったやつだったと思うんだけど。今日触ったら、それじゃ開かなかったからパスワード変えたことはわかった。でも灯影院は意味もなくパスワードを頻繁に変えるタイプでもないから、なんでなのか気になって」 「ちょっと待ってくれ。アヤタ、タンマ」 ​ 灯影院は急に離れて、隣に身体を投げ出すように座った。目を覆って、深く溜め息を吐き出している。 「……アヤタが犯人だったとは想定外だったんだが。いや、予想の斜め上か」 「あの、ごめん。言わない方がよかったな」 ​ 冷静になってみると、酷い発言をしてしまったのではないか。パスワードの変更は変えなければならないことがあったから起きたことだ。すなわち隠すべきことで、気付いても知らないふりをするべきだった。灯影院の言葉に甘えすぎてしまうのは、昔からの悪い癖だ。 「あれ? 黙って携帯をいじられる方が怖くないか? 俺のアヤタよ、戻ってこい」 「本当にごめん。灯影院が何をしているか全然わからないと、そのことで頭がいっぱいになるんだ。駄目だってわかってたんだけど知りたくて」 ​ ぽろりと勢いで本音が飛び出した。同時に灯影院の身体が硬直したのがわかった。呆れでも、困惑でもない、何かを堪えるような表情が浮かんでいた。ぶつぶつと何かを唱えている灯影院を横目に、拒絶の可能性で頭が真っ白になる。そうか、十数年一緒にいるのに、僕は灯影院が本気で怒った姿を見たことないのだ。血の気が引いていく頭で鮮明に理解できたことは一つだけ。 ​ 僕は、また間違えた。

「……そうか、わかった。俺が直接教えてやるから、スマホは俺がいるときに見ようか」 ​ 俯くことすらできずに永遠のように回る思考の中、下された審判は赦しのように聞こえる。そんなことあるだろうか?少しでも取り消すための、みっともない言葉が積み上がる。 「大丈夫、僕がちょっとおかしくなってただけで、知らないのが普通なんだよ。そこまでお前に負担掛けるつもりはない」 「平気だって。むしろアヤタからだと思ったら、嬉しいって感じたんだよ」 ​ 俺、相当毒されてるな、と灯影院は溢した。携帯を手に取り、僕にロック画面を向けた。 「パスワードは、アヤタの誕生日だよ」 「……ありがとう、灯影院。でも、どうして僕の誕生日なんか」 「え。……ええと、綾高くん。それは本気の冗談だよな?」 ​ 愕然とした表情で僕を見つめる灯影院。けれど、理由が思い付かない。灯影院の携帯のロックに僕の誕生日を使うメリットが浮かばない。もしかしてセキュリティ上の問題だろうか。もし灯影院のことを知っている人がスマホを拾っても、パスワードが僕の誕生日だとは考えないだろうし。 ​ そんなことを灯影院に伝えてみた。灯影院は震えていた。

「逆になんで、それで気付かないんだ!?」

 青空に灯影院のツッコミが響き渡った。それは、普段ボケとは思えないぐらいの素晴らしい一撃だったという。


まともな人間のこういう壊れ方が好き。壊れた人間すら受け止めてしまう人間が好き。立場が反転するところが好き。両想いみたいでズレてる二人が好き。

原作のエピローグの独白でコンビニ弁当捨てた人のことを「あの女」呼びしているアヤタに無限の可能性を感じた。唯一の好奇心が不健全な方に向いてヤンデレ化したとき、一番映えるキャラだと思ってるよ。

お疲れさまでした。

#BL #text #さと探 #ほかあや