最後の選択
​ 違うだろ。そう灯影院は言い切った。 「俺にはアヤタが必要なんだから、そのままでいいんだよ」 ​ ああ、なんて悪魔的な言葉なのだろう。流されることしか出来ない僕にもこの意味は理解が出来た。選択を放棄してきた結果、あまりにも重い決断が迫っているのだ。今まで逃げ続けてきた報いが来たのは当たり前とも言えるが。 ​ 眩暈のする頭は真っ白になり、一人投げ出されてしまって茫然とした。端的に言えば混乱している。無数の選択肢を並べられ、カチコチと時計の針が責め立てる。そして信頼した盾は矛となってキラリと先端を光らせた。 ​ だけどこの状況で常識的にどうすることが正しくて間違っているのかぐらい知っている。いつかは自分の足で立ち、考えて歩いていく。世界のほとんどの人々がやっていることで当たり前だ。今は分岐点がはっきりと示されているけれど誰もが通過してきている普通のこと。 ​ だからこそ、これは僕らの未来のための選択だ。 ​ 答えは一つだった。
「ありがとう、灯影院」 ​ ——僕は灯影院の手を取る。
​ 台詞は最初から決められていたのかもしれない。自然と口にしてから気が付いた。結局心の底では変化なんてこれっぽっちも望んではいなかったのだ。ごちゃごちゃと言い訳を重ねても本音は隠し切れなかった。いや、灯影院相手にそもそも隠せてもいないだろう。僕よりも僕のことをわかっているように見える。こっちはあいつのこと何も知らない気すらしているのに。それでもずるい、なんて言えはしないけど。 ​ 思考をぼんやりと浮かべていても後悔していないわけがなかった。強い不安を感じ、本当にこれで良かったのかと自分を信じられないのだから。時計は止まっても心臓が壊れそうなほど動き回っている。これで本当にいいのか? 誰に訊いているのだろう。自分か相手か。そして正答と解説を教えて欲しい。何点、だったのかも含めて。 ​ 多分、いや、きっと世間から見たら僕の解答はおかしいのだろう。他人に人生の全てを預けた僕と、他人の全てを決める灯影院。誰にも誇ることの出来ないことは明らかだった。自立することが立派で当然と叫ばれる社会において僕らの方が異常なのだ。でも知りたいのは僕らの間で最も良い答えであって、一般常識なんて嫌になるほど聞いてきた。いつからか世の中より大事になっていたのか、はっきりしないがこれが僕の全部だった。 ​ この先何があっても僕が灯影院の手をとったことは一生残る。いつか振り返るときのことは予想が付かないし、無理に考えようとも思わない。しかし、この瞬間何か大切なものを得られなくなったように感じた。 ​ それは人々が味わう普通の幸せや、何より欲したゆるやかな日々を手放すことになるのだろうか。
​ そんなことはわからない。 ​ けれど、わからなくてもいいじゃないか。 ​ 僕には灯影院がいるのだから。